KATO LABORATORY
Nagoya University

RESEARCH

スピンエレクトロニクス,
ナノマグネティクスなどに関連した研究を行っています.

01

磁気ランダムアクセスメモリの
高効率書き込み手法の開発

02

極短パルスレーザーによる
磁化ダイナミクスの観測とその制御

03

磁気抵抗素子を利用した
高機能磁気センサの開発

04

イオン照射によるナノスピン構造の作製と
磁気デバイスへの応用

01

磁気ランダムアクセスメモリの
高効率書き込み手法の開発

極短パルスレーザー

 磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)は磁性材料を記録層に用いたメモリであり、記録の保持にエネルギーを消費しないことから、省電力メモリの実現を目指して研究開発が盛んに行われています。MRAMの1ビットの基本構造は強磁性層(記録層)/非磁性層/強磁性層(参照層)の三層構造であり、参照層の磁化方向は一方向に固定され、記録層と参照層の磁化が平行/反平行で電気抵抗が変化する(磁気抵抗効果)ことを利用して情報の読み出しが行われます。一方、参照層からスピン偏極した電子を記録層に注入することで磁化反転を引き起こすことができます。これをスピン移行トルク(STT)磁化反転と呼び、STTを利用して情報の書き込みを行います。MRAMのさらなる高密度化のためには、長期間の情報保持に必要な高い磁気異方性を持つ材料が必要になりますが、高異方性材料は磁化反転をさせづらく、高効率な記録書き換え手法の開発が求められています。研究室では熱アシストSTT磁化反転手法の研究を行っており、記録層を高いCurie温度(磁性が消える温度)の材料と低いCurie温度の材料を組み合わせたハイブリッド層とすることで、室温における高い熱安定性と書き込み時の低反転電流を両立できると考えています。実験では、マグネトロンスパッタ成膜装置を用いて磁性積層膜を形成した後、フォトリソグラフィーおよび電子線リソグラフィーなどの技術を用いて作製した数百nmφ以下のピラー構造にパルス電流を流すことでSTT磁化反転を観測しています。実験の結果、本構造が応用上有効であることを示しました。

 また、高速な磁化反転手法であるスピン軌道トルク(SOT)磁化反転の研究も行っています。SOT磁化反転は重金属に電流を流した際に電流と垂直方向に発生するスピン流を用いて磁化反転を引き起こすことができる手法であり、STTの1/10の時間での高速な磁化反転が可能です。研究室では、特に希土類(RE)-遷移金属(TM)合金膜を対象とした研究を行っています。RE-TM合金はREとTMの磁化が反平行に結合するフェリ磁性体であり、組成や温度によってREとTMの磁気モーメントや角運動量が補償する状況を作り出すことができます。組成によってCurie温度の調整が可能で、垂直磁気異方性を示すという工業応用上優れた特性を示します。実験では、マグネトロンスパッタ成膜装置を用いて重金属/RE-TM合金積層膜を作製した後、主にフォトリソグラフィーを用いてHallバー状に加工し、面内パルス電流を流すことでSOT磁化反転を観測しています。RE-TM合金であるGdFeCo膜を用いた実験では、比較的低電流での磁化反転を確認しており、GdFeCoの組成依存性や温度依存性について調べました。現在は、Gd/FeCo積層膜、面直方向に組成勾配をつけたGd/FeCo積層膜、空間反転対称性の破れたGd/FeCo/Tb積層膜についても調べています。

 他にも研究室では、電界アシストSOT磁化反転、STTおよびSOTを併用した磁化反転の研究を行っています。

02

極短パルスレーザーによる
磁化ダイナミクスの観測とその制御

極短パルスレーザー

 磁性体の磁化は主に電子などの電荷を持った粒子の角運動量により生じます。角運動量を持ったものはコマと同様、歳差運動を行います。さらに、床との摩擦により時間が経つとコマが倒れてしまうと同じように電子の角運動量もエネルギーを失う(緩和する)ことでその角運動量方向が回転していきます。この角運動量方向の回転は磁化の回転を意味し、磁化反転をもたらすことになります。磁気デバイスの応答速度は、磁化の源である電子の角運動量の歳差運動周波数、緩和定数に依存しますが、一般的にGHz程度です。半導体など他の電子デバイスの高速化とともに、磁気デバイスにもさらなる高速化が求められています。磁気デバイスの高速化には磁化の動特性(スピンダイナミクス)を理解し、制御することが必要になります。また、磁気ランダムアクセスメモリにおいても、磁化反転の仕方にはスピンダイナミクスが密接に関わってきます。

 研究室では、スピンダイナミクスを1 psecという高精度で測定するため、極短パルスレーザーを使用したpump-probe光学系を作製し、磁性材料の歳差運動周波数、緩和過程を調べています。図はGdFeCo合金膜のスピンダイナミクスを調べた様子を示しています。0 secでpump光が試料に照射されることで歳差運動が誘起され、150 psecという周期でスピンが歳差運動している様子を示しています。ここから緩和定数、異方性磁界といった磁気パラメータを推定することができ、超高速磁気デバイス材料の開発に生かすことができます。

極短パルスレーザー

 光誘起スピン流磁化反転にもトライしています。磁性体が超高速減磁時されるとスピン流が生じることが知られていますが、そのスピン流を利用することにより磁化反転を引き起こすことができる可能性があります。研究室では、作製した強磁性(A)/非磁性/強磁性(B)の三層構造の片面(A側)にpump光を照射することでスピン流を誘起し、もう片面(B側)にprobe光を照射することで非磁性層を通って流入したスピン流が歳差運動に与える影響を調べています。

03

磁気抵抗素子を利用した
高機能磁気センサの開発

極短パルスレーザー

 磁気抵抗効果を利用した磁気センサはハードディスクドライブのヘッド、直線/回転位置検出装置、バイオ磁気センサなどの応用分野があります。磁気抵抗素子は微細加工が容易で抵抗素子として検出できることから幅広い分野で応用可能ですが、超伝導を利用したSQUIDセンサやフラックスゲートセンサなどに比べ感度が劣ることから、超高感度で磁界を検出したい場合などへの応用は進んでいません。

 研究室では磁気抵抗センサでSQUIDセンサに匹敵する高感度センサの実現を目標とし、新しい方式の磁気抵抗センサを検討しています。一般に磁気抵抗素子は、磁界に反応し磁化方向が自由に回転する自由層と、外部磁界に反応しない固定層からなり、自由層の磁化が磁界方向に回転することで磁界強度を検出しています。一方で、我々は磁璧移動型の磁気抵抗センサを提案しています。これは、自由層内に磁区を導入し、磁区の境界である磁璧が外部磁界により容易に動く性質を利用して高感度化を図っています。この方式により数十nTという非常に微小な磁界を検出することに成功しています。ただし、磁璧移動は外乱の影響を受けやすいというデメリットもあり、一般的な磁化回転型のセンサに対し、我々はフィードバック型の磁化回転型のセンサも提案しています。検出したい磁界により自由層の磁化が回転しますが、それをフィードバック制御により自由層の磁化を元の位置に戻すようにし、元の位置に戻すのに必要な磁界を検出磁界とする方式です。フィードバック方式は外乱に強く、ダイナミックレンジも大きくできるというメリットがあります。実験では、図に示すように磁気抵抗センサの上にフィードバック磁界用のAlワイヤーをフォトリソグラフィの技術を用いて形成し、電子回路に組み込んでセンサの動作を調べています。これまでに、このフィードバック方式において数十nTの微小磁界の検出に成功しています。今後は磁気抵抗センサによるpTレベルの検出を目指し、磁璧移動方式やフィードバック方式の更なる改良を行っていきます。

04

イオン照射によるナノスピン構造の作製と
磁気デバイスへの応用

極短パルスレーザー

 イオンを加速して試料に照射する技術(イオン注入)は半導体デバイスの作製において欠かせない技術の1つですが、イオン照射は磁性薄膜においても有用な技術です。イオン照射は構造変化、組成変化、不純物の注入などを引き起こしますが、研究室では特に構造変化に着目し、構造変化に伴い磁気特性が変化する材料を対象とすることで、イオン照射による磁気特性の変化を可能としています。例えば、Co/Ptなどの積層膜では界面構造に起因し、磁気異方性などが発現しますが、イオン照射することで界面構造を乱せば磁気異方性を変化させることが可能です。また、規則/不規則により磁性/非磁性と変化するCrPt3、MnGa、MnAlなどの合金系を用いれば、イオン照射により規則-不規則遷移を引き起こすことで磁性/非磁性をコントロールすることができます。これらの現象をリソグラフィの技術と合わせることで、ナノオーダーで局所的に磁性を変調させることが可能になります。

 応用先の1つはハードディスクドライブ(HDD)の次世代の技術であるビットパターン媒体です。現在のHDDは磁性微粒子が非磁性体内に分散した構造(微粒子媒体と呼ぶ)であり、磁性微粒子をいくつかまとめて磁化させることで1ビットとしています。一方、ビットパターン媒体は図のように微細加工技術により1ビットを定義するという技術で、微粒子媒体に比べ熱安定性が高く、記録密度を高くできると言われています。ビットパターン媒体は通常、磁性材料をエッチングにより削り、非磁性材料で溝埋めをするという工程を経て作製されますが、磁性/非磁性界面のダメージや表面平坦性の悪化などが懸念されます。一方、イオン照射するだけで磁性/非磁性を定義できればそれらの問題が解決できると考えられます。図はMnGaを用いて作製したイオン照射型のビットパターン媒体の磁気力顕微鏡像になりますが、50 nm × 50 nmという非常に小さなビットが形成されていることがわかります(明暗のところが1ビットでそれぞれ磁石のN極、S極に対応しています)。実際の表面形状は非常に平坦であり、イオン照射法が有用であることを示しました。

 このようにナノレベルで磁性をスムーズに(ダメージなしに)変調できるのがイオン照射法の特徴であり、今後はイオン照射型ビットパターン媒体の実現を目指すとともに、スピントロニクスデバイスへの応用も進めていく予定です。